N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 04
使われてこそ
いにま陶房
奈良_川上村
Photo&Text Nao Tadachi
あなたのために
食卓に馴染む、料理が引き立つ、気兼ねなく使える。そんな器があると毎日の食卓はもっとおいしくなる。鈴木雄一郎さんの器はシンプルな形につるんとした質感、妻・智子さんは手から伝わるざらっとした土感が特徴で「手法も表現も違うんですけど不思議と似てきちゃうんです」と雄一郎さん。奈良県川上村にある芸術村・匠の聚(むら)を拠点として〈いにま陶房〉の二人は毎日器作りに励んでいる。
焼き物の産地・信楽で出会った二人が川上村に移住したのは20年前。当時はアート志向が強くオブジェなどを公募展に出していたが、いくつ作っても納得のいくものは生み出せず、貯金を切り崩す日々が3年ほど続いた。転機になったのは長女・千尋さんが生まれたこと。「離乳食をあげるために食卓にいる時間が増え、育児で忙しいからこそ食事を大事にするように。すると『この子が使える器を作りたい』と暮らしに気持ちがどんどん傾いて。自分が作った器で一生懸命食べる姿に制作の手応えを感じ、器作りにのめりこみました」(雄一郎さん)。「子どもと散歩中に見つけたどんぐりの帽子をモチーフにカフェオレボウルを作ったら評判が良くて。日常の喜びを器で表現する楽しさに気づきました」(智子さん)。仕事に生活がリンクすることで制作は軌道に乗っていった。
表紙_二人が作る器はすっと馴染む。
2_仕事は朝9時頃から日没まで。雄一郎さんはいつも「こんな料理をのせたい」という完成イメージから逆算して作っていく。
3_「5歳か6歳の頃、テレビで見た陶芸シーンに釘付けとなったのが原体験」と話す智子さん。包み込むような丸っこいフォルムが愛らしい。
4_次女・答子さんがノートの切れ端に書いてくれた言葉を作業スペース前に。見るたびに勇気づけてくれる。
寄り添う器
雄一郎さんは自らの器を「日常使いの器。使う人がいてこそ」といい切る。2011年に始めた「やさしい器」シリーズにはその信念が強く表れている。「きっかけは妻が突然、脳の病気になって左半身が麻痺したこと。手足を思うように動かすことができず、入院中は食に対する意欲が落ちていきました。
でも僕が作ったマグカップでお茶を飲んだら『こんなにおいしいんや!』って感動してくれたんです」(雄一郎さん)。「当時はプラスチックのコップでお茶を飲んでいて全然おいしくなかった。でも同じお茶を夫の器で飲んでみたら明らかに味が変わったんです。陶芸家として器の力を感じました」(智子さん)。
プラスチックのお皿は軽くて割れないけれど、それでずっとごはんを食べるのは果たしてどうなんだろう。陶器のぬくもりはそのままに、かつ形を工夫することで手が不自由になった人でも食べやすい器が作れれば。
智子さんが退院後も考え続けた雄一郎さんが生み出したのは「すくう」に特化した器だった。「たとえばうまく手を動かせない人やスプーンを使い始めの子どもが自分ですくって食べられたら自信につながるはず。同じ器を並べておいしいねと食卓を囲んでもらえたらうれしい」(雄一郎さん)。辛い経験は「やさしい器」として花開いた。
1_この日の昼ごはんはグリーンカレーとサラダ、そしてチョコレートムース。二人とも器作りだけでなく料理をするのも好き。
2_忙しい日々でもなるべく家族で食卓を囲む時間を大事にしている。二人が座るすぐ後ろが工房。
3_「やさしい器」はふちをほんの少し内側に入れているため、手を添えやすくスプーンですくいやすい。こども茶碗(¥1,760)をデザートカップとして使用。
毎日の積み重ねから。
智子さんは「私は器でおいしさががらっと変わることを身をもって知りました。それが毎日三食の積み重ねになると人生が変わると本気で思うんです。たとえばスープを飲む時に適当に選ぶのではなく、自分が好きな器を意識して選んでみる。それはきっと自分にギフトを贈るようなことで人生において大きなことなんじゃないかな。知らぬうちに潜在意識にじわっと効いてくるような」と微笑む。
買ってきたお惣菜をお気に入りの器に移して食べるだけでなぜかおいしく感じるとはよくいわれること。きっと味覚だけではないところにおいしさはある。思いを込めて作った料理、そこに集う人たちの笑顔、そしてお気に入りの器。おいしさはそれぞれの要素、それぞれの物語がゆるりと混ざり合って作られていく。そのなかで器の力が大きいことを二人は実感している。「好きな器を毎日使えば毎日の喜びにつながる。器は食卓で当たり前に使うものだけどそのひとつひとつの選択がおいしさにつながると思うと、意外とあなどれないなあと思うんです」(雄一郎さん)。
展示会を開くといにま陶房の器を愛用する人が全国から足を運ぶ。二人はひとりひとりの声に真摯に耳を傾け、咀嚼し、また次の作品を生み出す。「買っていただいても使ってもらえないんじゃ困ります(笑)」と雄一郎さん。器は使われてこそ。
1_智子さんの器は筆で釉薬をかけることで濃淡を生み出している。時にスポンジで叩くことで色の奥行きを出すことも。 2_自宅と工房が隣接している。
3_「いにま」とは南アメリカのインディオの言葉で「ものをつくる人」という意味。生涯ものづくりをするという決意表明でもある。
4_仕事場は食卓であり工房。二つは一直線上にあり、毎日ここを行き来しながら器を生み出していく。
Profile
陶芸家・鈴木雄一郎、鈴木智子が主宰する陶房。奈良県川上村で器や花器を中心に一点一点手仕事で作陶している。
www5.kcn.ne.jp/~inima
出自/nice things. 2020年3月号より
※内容は取材時点のものです。
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