N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 04
大分県宇佐市
角田 淳さん
そこにある美しさ。
Photo_Aya Kishimoto
手で挽くことで
大分県宇佐市。山の方へ向かう道路横の細い道を車でゆっくり上がっていくと、陶芸作家の角田淳さんが笑顔で迎えてくれた。季節ごとにたくさんの植物が芽吹く庭を進むと、3年前に完成したばかりの大きな窯を持つ工房が見えてくる。「大分に来てからは、外を見るようになりました。今日は霧だなとか、雨に濡れた木がきれいだなとか。田舎育ちだから、仕事をしながら見える景色はこういうのがいい。窓から見える景色が精神安定剤みたいになって、毎日気持ち良く仕事ができてます」。
庭の緑が見える窓際で、小鳥のさえずりや風の音を聴きながら、角田さんは楽しそうに轆轤(ろくろ)を挽く。「轆轤を挽くのが好きなんです。器は同じ大きさや形にしたりしないといけないけれど、ランプシェードは形の制約がないので、するする~って好きな形に挽ける。いいのができた、これで終わり!ってできるのが気持ちいいんです」。
角田さんの作るランプシェードはひとつひとつ形が違う。シェードの形だけでなく、上の部分の部品の形もさまざまで、それぞれをビーズのように組み合わせて完成させる。濃淡のある光の透け方は、轆轤を挽く時の力加減によるもの。「機械で作ると均一にできるけれど、手で挽くと厚いところと薄いところができて、それが光を通して透けた時にきれいだなって。手で挽くリズムが現れているんです」。ランプシェードを実際にさわってみると、見た目の印象よりも薄くて軽い。「磁器は陶器に比べて薄造りでも丈夫なんですよ。ランプは上から吊り下げるので、薄い方が安心感があるから、器より薄く挽いてます」。
表紙_角田さんの自宅の食卓で。燭台やお皿も全て角田さんの作品。ランプシェードは¥21,600~
1_工房には制作途中のランプシェードが並ぶ。
2_音楽はかけずに、外の音を聴きながら静かに轆轤を挽くのが好きだという。
日々の気づきから
角田さんの器は、暮らしの中の気づきから生まれるものも多い。味噌壺は、子どもが生まれてから毎年味噌を手作りしている角田さんならではの器。「せっかく家でお味噌を作ったのに素敵な壺がなくて、それで味噌壺を作ろうと思って」。毎日家族と囲む食卓の中から生まれた器は、磁器の美しく繊細な姿ながらも、用と美を兼ね備えている。展示先のお店からのリクエストで作り始めた燭台も、今ではすっかり家族の定番になった。お誕生日のお祝いでは、電気を消して、燭台に灯った明かりだけで食卓を囲む。いつもと違う食卓の雰囲気に、子どもたちもうれしそう。「生活スタイルに合っているのか不安だったけれど、使ってみると、普通の食卓にちょっと特別感が出て、子どもも喜んでくれて。なんだかいいなって」。庭で育てている蜂の巣から、昨年初めて蜂蜜と蜜蝋が採れた。その蜜蝋で子どもたちと一緒に作ったろうそくを灯す。そうやって少しずつ、燭台が暮らしの中に溶け込んでいったという。
器を作る時は料理を盛り付けた時や花を生けた時の景色を思い浮かべるのはもちろん、器としてのそこにある姿の美しさを大切に作っているという。特に、ランプシェードは部屋の空間を大きく左右するものだと考え、形の美しさやバランス、吊るした時の見え方を大切にして作っている。シェードの形と、パーツの組み合わせ方によって表情が違ってくるのもおもしろい。「明かりを灯した時の空間の変化や、明かりがついた時の光の透け方、壁に映った光の変化を想像しながら選んでくれたら」。
1_夫婦で使う大きな窯。余熱で干しぶどうや干ししいたけを作ることも。
2_轆轤師の師匠にいただいたという大切な形見のヘラ。
3_工房の窓からは庭の木々が見え、季節の移ろいを感じられる。
4_ランプシェードはふちの方にいくにつれて薄く、厚さ3mmほどに。
5_庭に生えるクヌギの木の灰で作った釉薬で焼いた段付き浅鉢(¥5,940)。
6_燭台もひとつひとつ形がや大きさが違う。(¥6,480~)
作ることを楽しんで
角田さんが陶芸の道に進んだのは、有田の轆轤師に習ったのが始まりだという。有田では焼き物は完全分業制で、轆轤を挽く専門の仕事がある。当時は轆轤師になりたかったという角田さんが磁器という素材を選んだのも、轆轤の挽き心地だった。「すごくなめらかで、気持ち良くサラサラサラって挽けるのがすごく好きで」。
佐賀で焼き物を学んだ後は愛知で活動し、夫の地元である大分に拠点を移した。大分に来てからは、庭で採れた果物でジャムを作ったり、いただいたぶどうでジュースを作ったり、ベーコンを作ったりと、子どもたちと一緒に作ることを楽しんでいる。「全部を手作りでとは思っていなくて。暮らしの近くにあるもので、家族の心と体が喜ぶものをを作ってあげたいと思っています」。
家にはお茶室があり、ここでお茶ができたらと、週に1度お茶を習っている。「お茶の世界の、人を思いやる心がいいなと思って。この人にはこのお茶碗で出したら喜んでいただけるかなとか、相手の気持ちになって何か考えるというのがいい。普段忙しくて気づけないことや、人として大切にしたいことを気づかせていただく良い時間になっています」。角田さんの作品は、陶芸作家の目線に加えて、母の目線や生活の中の気づきから生まれるものなのかもしれない。
1_自宅と工房を結ぶ庭には、栗の木やジュンベリーなどさまざまな植物が。
2_家では手作りした味噌を味噌壺で保存している。
3_2人の息子さんが作った作品が工房にちらほら。
4_自宅のリビングに合わせて作ったランプシェード。食卓には、角田さんの燭台や器が並ぶ。
プロフィール
角田 淳
熊本県生まれ。佐賀県で陶芸を学んだのち、愛知県での活動を経て、2013年に大分県宇佐市に自宅工房を構える。同じ陶芸作家である夫の松原竜馬さん、小学生の2人の息子、犬、猫と暮らしながら、磁器の器やランプシェードなどを中心に製作活動を行っている。
インスタ:matsubara.ryoma_tsunoda.jun
出自/nice things. 2019年8月号より
※内容は取材時点のものです。
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