N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 07
食卓の風景
金継師 / 黒田雪子さん
料理には作る人の思いや願いが詰まっています。
その日の、その人の、ありのままの食卓の風景です。
私が惹かれるのは
「直したい」と思う人の心
割れた器のかけら同士を漆で接着し、継ぎ目に金粉をあしらって修理する「金継ぎ」。日本に古くから伝わるこの技法が、近年にわかに注目を集めている。いち早く先人の知恵と技術に瞠目し、自らの生活を注ぎ込むようにして学びを重ねてきた、黒田雪子さん。金継ぎをなりわいにして十年余りになる。
「私が惹かれるのは『どうしても直したい』という、持ち主の方の気持ち。器を直すことで人の心も治っていくのではないか、って」
気持ちに応える仕事。それゆえ、修理不可という理由で断ることはまず、ない。粉々でも、かけらが足りなくても、直す。直せる。
「修理イメージは最初にお伝えします。でも、最終的にどうなるかはわかりませんよということも同時にお伝えして。仕事のほとんどは〝おまかせ〟ですね。触り始めるとどんどんやりたいことが変わりますから。その時その時で自分が『こうしたい』と思う方を向いて仕事をしようと心がけています
仕事場は住居を兼ねた古い一戸建て。築72年の日本家屋を手直ししながら猫と暮らす。縁側の軒先には手製の干し柿が並び吊るされ、真っ赤に燃える石油ストーブの上では小豆がコトコトと音をたてる。黒田さんが実践しているのは、かつて日本のそこここにあった昔ながらの営みだ。
「時間がかかることが好きなんです。不便とか、古いとか言われて、世間から見放されたものに関心がある。じつは、そういうものこそ新しいんじゃないかって」
師走の寒い朝。朝食はほとんど食べないという黒田さんが、早々に昼食の仕込みを始めた。仕事に没頭すると寝食を忘れてしまうため、日頃から温めればすぐに食べられるものを作っておくようにしているという。
「医食同源。食べるものは薬でもあると考えているんです。単に病院が好きじゃないというのもあるんだけど(笑)、できれば体は食べるもので整えたい。だから今、体に必要なものは何かと考えながら献立を決めますね。貧血が気になるから、意識して海藻を食べたり」
とはいえ、厳しく律するだけの食事では喜びがない。「おいしさ半分、体のため半分」のちょうどいいバランスが肝心だという。今日の昼食は、友人たちが「黒田食堂」と呼ぶ食事会。料理好きな黒田さんの台所には友人のそのまた友人まで、三々五々集まってくる。
「私、子どもの頃はどこへ行ってもあったようなごく普通の庶民的な味が好きなんです。慣れ親しんだものだからほっとするんですね。友人たちがごはんを食べに来てくれるのも、そういう郷愁に似た思いがあるのかもしれません」
黒田さんにとって「普通」は重要なキーワードだ。
1_房州ひじきと牡蠣を醤油と酒、みりんで炊き、生姜の千切りをたっぷり。滋味。 2_カブや大根は葉つきを買うのが楽しいという。干しアミはもちろん、ちりめんじゃこで作ってもおいしいお手製ふりかけ。 3_炊飯は羽釜を使い、業務用の強火力で一気に炊き上げる。甘く香ばしいごはんはそれだけでご馳走だ。 4_味噌は椀に直接入れて、そこに熱い汁を注ぐ。この方が味噌の香りがたつためだそう。 5_近所で購入できるきびなごの一夜干しは、最近のお気に入り。 6_干し柿作りも秋~冬の例年行事。1月には今年も30kgの味噌を仕込む。大変さよりも喜びが勝る、楽しみな仕事。
食物と植物をつなぐ仕事
「金継ぎ」と出会って
「普通ってことを大事にしたいんです。普通って実はとても難しいんですよね。私、20代の頃にマイナスからのスタートを経験したから、それが身にしみてわかる。寝て、起きて、ごはんを作って食べる。そんな当たり前のことができなくなってしまった時期があったんです。当時は日々の生活をこなすことがそのままリハビリ。試行錯誤しながら手探りで暮らしを作っていくことが、自分を立て直すために必要でした」
前職のデザイナーだった頃、自身の仕事に対する違和感がぬぐえなくなり、辞職した。心身の不調がそこに重なって、思うように動けない。焦りと苦しさの中で黒田さんを支えていたのは、食物と植物の存在だったという。
「ある日隣人から梅をもらったんです。青梅じゃなく、黄色い完熟した梅。大きくて、香り高くて、おいしそうで、植物の生命力に改めて感動しました。で、さてこれをどうしよう? と。大切に、無駄にせずに食べ切りたいと考えて、初めて梅干し作りに挑戦したんです。そこからどんどん保存食に惹かれていきました」
食べることは自分を治すこと、という意識もあった。何を食べるか、どう食べるか。味噌や塩麹、柿酢、甘酒、果実酒、漬け物。作れるものは何でも作ってみよう。自宅の台所で実験が始まった。トライ&エラーを繰り返すうち、黒田さんの体調は徐々に快方へ向かう。少しずつ気持ちにも余裕が生まれ、これから何をしよう、自分にできることは何だろうと思い始めた矢先、金継ぎと出会った。
「友人たちが家に来て、みんなで食事をしていたんです。その時に友人のひとりが、私が気に入っていた茶碗を落として割ってしまった。お酒の席だったし、その時は『いいよいいよ』ととりなしたんですが、あとから我に返るとやっぱり悲しくて。しかも気を利かせてゴミ箱に入れていったんですね。それを見たらあんまりにも哀れな感じがして、捨てずに直そうと思い立ちました。たぶん、器がかつての自分の姿と重なったんですね」
割れた器はどうすれば直せるのか。調べた末「金継ぎ」に行き当たる。が、当時はブームの遥か以前。黒田さんは自力で器の修理を受け付けてくれる金継ぎ師をやっと見つけだすも、半年待ちだった。
「そんなに時間がかかることなんだと驚きました。それまでも漆器を使ってはいたけれど、漆について何も知らないなと思い至って、自分なりに調べ始めたんです。漆は塗料でもあるけれど、金継ぎでは接着剤として使われる。衝撃でしたね。それが自分でやってみようと思ったきっかけです」
やってみてさらに驚いた。金継ぎは食卓と樹木、黒田さんにとってかけがえのない存在である、食物と植物を結ぶ仕事だったから。
「腑に落ちましたね。先のことはわからない。でもこれは今の私の性分に合っていると思いました」
金継ぎは傷を肯定すること
丸ごと受け入れて〝なおす〟
本日の昼膳。「味噌をごはんに乗せて、焼き海苔で巻いて食べるのが大好き。それだけでごはんおかわりしちゃう」と笑う。貧血予防のため、メインおかずにはひじきと牡蠣をチョイス。
ラジオから流れる軽快なポップスに、包丁の音が重なる。初めて来たこの家に流れるこの時間を、なぜかずっと前から知っているような気がする。懐かしくて、温かくて、優しくて、でも背すじが伸びるようなこの感じ。
食材の下ごしらえは鮮度が重要な葉物から始めると決めているそうだ。鉄のフライパンにごま油をひいて熱し、細かく刻んだカブの葉を干しアミと合わせて炒めれば自家製ふりかけの出来上がり。フタ付きの小ぶりな鉄鍋では牡蠣がふっくらと煮えている。使い込まれたやっとこ鍋に房州産の煮干しを入れてストーブの上に乗せ、味噌汁の出汁をとりながらといでおいた米を羽釜に移し、火をつけるーー。
昔から使われてきた道具を、昔から使われてきたそのままに使う。その手間と美しさもまた、黒田さんが好きだと話してくれた「時間のかかる、それゆえに大切にしたいこと」なのだ。
「生活の威力ってすごいと思っています。毎日の生活をしっかり、淡々と続けることが何よりも自分を整えてくれるし、助けてくれる。もちろん仕事に追われてリズムが崩れてしまうことも、きちんと食事が作れないこともあるんですよ。でもそうすると結局、てきめんに自分へ跳ね返ってくるんですよね。だから誰が見ていなくてもきちんとしたいって思います。しかも私は、人様の大切な器をその思いごと預かって直す仕事をしている。少しでも安心して託していただけるような自分でいなくちゃ失礼だと思うから」
炊きたてのごはん、じゃがいもとわかめの味噌汁、牡蠣とひじきの炊きあわせ、カブおろしのしらす添え、きびなごの一夜干し、春菊のごま和え、カブの葉と干しアミのふりかけ、焼き海苔、自家製味噌が並んだ。デザートは今朝庭で採れたばかりの柿と、煮小豆。小豆は甘みをつけずに煮て、後からてんさい糖を乗せて食べる。「〝なおす〟という考えが、公私ともに自分を支えてくれています。食べることは自分を治すこと。器を直すことは人の心も治すこと。金継ぎって傷の肯定なんですよね。傷をなかったことにはしない。丸ごと受け入れて〝なおす〟。私はそこが好きです」
〝なおす〟ことで生まれるもの、それは未来だ。歩みを止めていた時間が再び動き出す。その喜びを作り出す人が、ここにいる。
DATA
黒田雪子
金継師。前職であるグラフィックデザイナー時代に金継ぎと出会い、器を直す勉強を始める。2007年より金継師としての活動をスタート。著書に『金継ぎをたのしむ』(平凡社)がある。
出自/nice things. 2018年3月号より
Photo_Yoko Tagawa
Text_Rie Katada
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