N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 08
佐藤亜紀さん
滋賀_信楽
心地よい色を纏う。
Photo_Aya Kishimoto
心が動いたものから
「雲に映るもの」「雨水」「朝にとけていく月」「雨上がり」。草木染め・手織り作家の佐藤亜紀さんが織るストールには、それぞれにテーマと名前がある。きれいな景色や、本のなかの言葉、曲の歌詞。佐藤さんが生活のなかで出合い、心が動いた情景が、草木染めのやわらかな色で表現されている。「『雲に映るもの」は、友人の家の近くを散歩していた時に、雲に夕焼けや光、雲の影といういろいろな色が映っていて、そこからインスピレーションを受けて作りました」。小さい頃から絵を描いたり、空想したり、何かから発想してものを作るのが好きだったという。
目を凝らしてよく見てみると、ポコポコと小さな凹凸がある。同じ色で染めていても、絹と綿を交互に入れることで、最後の仕上げで水通しをすると、縮率の違いで凹凸が生まれるという。「素材感や奥行きがある方が、風合いが出ていいなと。絹だけだとフォーマルな雰囲気になってしまうのですが、少し綿を入れることで、少しやわらかくなって、普段の服にも合わせやすいかなと思います」。
佐藤さんの自宅兼工房があるのは信楽焼きで有名な滋賀県信楽町。 10年ほど暮らした京都の家が住めなくなることになったのをきっかけに、友人の紹介で2017年末に信楽へ移住した。「住んでみたら、滋賀の方が居心地がいいです。空気もすごく澄んでいて、体調もいいですね。信楽の山は京都よりも色が変わってきれいなんですよ」。信楽に来てからは一度も風邪をひいていないという。
表紙_赤麻(アカソ)の葉と赤麻で染めた糸。4~5日じっくりと草を炊き出すことで、きれいに赤みが出てくる。シックな赤色が秋らしい。
自然が生み出す色で
草木染めの全ての工程を一人で行う佐藤さん。材料の草木は、家の近くで採集する。どの時期にはどこでどんな葉っぱが採れるかを、散歩しながら探すのだそう。採集するのは草木を煮出す鍋1杯分。待宵草やヨモギ、赤麻、ビワの葉など、季節によって変わる草木を見ながら、どの草で染めようかと考えるのも楽しみだ。
取ってきた草木は軽く洗ってザクザク切り、水に入れて炊き出す。1日1回1~2時間ほど沸騰させてを繰り返し、色によっては4~5日かけて炊き出していく。水に浸けておいた糸を鍋に入れて染め、一晩置いて、媒染して。染め上がるのには、3日から長いもので1週間ほど。複数の色を同時進行させていた時もあったが、丁寧に染めるために、今は1色ずつ作業しているという。綿や麻には科学的な定着液は使わずに、大豆からたんぱく質をとってつける。煮出した赤麻を土間で濾すと、薬草のような、やわらかな香りが漂った。
染めた糸を見せてもらうと、茶色でも一つずつ色が違う。同じ草木で染めても色の出方が違ったり、染めたてと時間経ったものでも色が変わるのだという。草木染めを始めてから、コツコツと染めた糸が少しずつ増えてきた。「色を貯めていく感じです。同じ黄色でも少し変えたり、違う黄色を中に織り込んだり。その時はピンとこなくても、何年か経って、ここに入れるといいかもってなることがあって。年を重ねるごとにできることが増えていきますね」。何年もかけて積み重ねた色が、ストールの深みを作り出す。
1_自宅から歩いて15分ほどの場所でよもぎを採る佐藤さん。月に1~2回ほど、季節の草木を採りに来る。自分で採る以外にも、知り合いからもらった草木で染めることもある。
2_黄色い花を咲かせる待宵草は、染めると茶色のようなベージュのような色合いに。
3_2階には草木染めをはじめてからの糸がしまってある。同じ草木で染めても、毎回色が違って出てくるという。
4.5_4日ほど炊き出した赤麻を布で濾し、鍋に移して糸を染めていく。初めの30分間は絶え間なく糸を動かし、ムラができないように馴染ませていくのはかなりの力仕事。
色の心地よさを
草木染めに出合ったのは大学生の頃。染色を学んでいた佐藤さんは、助手をしていた先生のお母様が作った草木染めのコースターを見て、衝撃を受けた。「今まで見たことがない深みのある色で、こんなに違う色なんだと思いました」。卒業後に働いた染織工房では、化学染料で糸を染めていた。化学染料は早くて正確な色が出るという良さがある一方で、大きな鍋で大量に炊き出すにおいは辛く、体にも良くないと感じたという。一生続けるのであれば草木染めをやりたいと考え、大学時代の助手の先生のお母様のところに通い、草木染めを学んだ。「化学染料は青を青のまま染めると生っぽい色になるので、深みのある色を出すために、赤黄青などほかの色を混ぜて、足して足して、一色を出していきます。でも、初めて待宵草で糸を染めてみたら、その1つだけでいろいろな色が入っていました。その色が本当に深みがあって、全然違いました。感動しました」。
織り機は、前の持ち主が買って30年ほど寝かせていたものを、使ってくれるなら、と譲ってもらったもの。この日織っていたのはグレー2色と藍染の糸を入れたストール。「本をパラパラめくってたら、”静かに輝く”っていう言葉があって、そういう感じがいいなと思って」。デザインはきっちり決めず、草木の色の揺らぎを生かし、織りながら探していく。グレーと一言でいっても、背高泡立草やヨモギなどいろいろな植物のグレーがあり、さらに経糸と緯糸が重なるとまた新しい色が生まれる。思ってもみなかった色が出てきたりするのもおもしろいんですよ」。そうして生まれたストールは、一言では表せない、奥深い色合いだ。
「直接肌にふれて包まれることで草木の色と素材の良さがわかります。素材の肌ざわりが気持ちいいのはもちろん、草木染めをするようになって気づいたのは、色が心地いいという感覚。色に包まれることで感じる何かがある気がします」。
1_自宅の2階にある織り機で両手両足を使って、丁寧に織っていく。「織りながら考えることも楽しいです」。夜は織り機の隣に布団を敷いて眠っているそう。
2_まだ織り始めたばかりのストール。「デザインはまだ固まっていません。これから全く違う色を入れることもありますよ」。
3.4_信楽駅から徒歩15分の古民家に住む。1階の広い土間で染めや整経を行う。家のなかにも植物がたくさん。摘んできたヨモギの一部を干して野草茶にして飲むことも。
プロフィール
佐藤亜紀
新潟県長岡市生まれ。長岡造形大学でテキスタイルや織物を学び、京都の染織工房でスタッフとして働く。草木染めを学び独立し、京都にて創作活動を始め、2017年に滋賀県信楽町へ移住。古民家の自宅兼工房で、草木染めの手織りストールを中心に制作活動を行っている。
http://satoaki-orimono.com/
出自/nice things. 2019年10月号より
※内容は取材時点のものです。
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