N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 11
omoto
福島_いわき市
永遠に続くもの。
好きなものを追いかけて
来年はもう着られないであろう、流行りのデザイン。着替えるたびに新しい自分と出会わせてくれ、一時は魅了された。でもこれからも着ていたいとは思えなかった。どこから来て、これからどこへ行こうとしているのかわからない、たくさんの服。一方で、継ぎをあて染め直し、長く長く着続けたい一着がある。
「昔から服が大好きだったんです」という鈴木智子さん。七五三の着物を気に入って、毎朝幼稚園に行く前に着せてほしいとせがんだ。中学生の頃にはたくさんの服が着られるだろうからと、進路希望の欄に「モデル」と書いた。その頃から自分で服を作り始めた。「私は次女なので、お下がりが多かったんです。でもどうしても新しい服が着たかった。おこづかいも足りないし、それなら自分で作ってしまおうと思って」。決して手先が器用な方ではない。それでもいろんな服を着てみたいという気持ちが勝った。
服に夢中だった少女は地元の服飾専門学校へ進学し、卒業後はパタンナーとしてアパレル業界へ。「当時は古着も好きだったし、デザインが気に入れば化繊の服も着ました。とにかくいろんなものを試してみたかったんです」。一度気に入ったものをなかなか手放すことができず、着なくなった服がどんどん増えていった。「捨てたくなかったんですよ、自分がいいと思ったものを。次第に何かちょっと違うなと思うようになったんです」。さまざま試したからこそ、自分が長く着たいと思うものがわかり始めた。けれど多くの服はシーズン限りで消えていく。気に入ったTシャツがあっても、穴があいてしまったら同じものはなかなか手に入らない。それならば、ずっと着られる服を作ろう。新しい服が着たいと憧れたあの頃のように、自分の手で。
1,3_特製の梅ジュースと、自宅の庭で。縫いの作業は場所を選ばず、移動中の車や電車のなかで行うこともあるという。
2_左から、上っ張り93cm丈半袖 水色/濃紺 各¥23,760
4_新作のクラシックワンピース ステフ ¥34,560
作ること、食べること
「それはオリオン座と冬の大三角形」。小さな穴が穿たれた刃。明かりにかざせば、冬の夜空が現れる。布ものを制作する智子さんと共に〈omoto〉の名で包丁を造る康人さん。星座をかたどった包丁は、夜空をテーマにしたomotoの展示の際に制作した。「今は田舎でも夜空を見上げることが少なくなってきた。だからこうして身近なところに刻んでおきたいと思ったんです」。鍛造だけでなく、依頼があれば研ぎも行う。刃物も服も、きちんと手入れをすれば長い間役目を果たしてくれる。その手間をかけられるかどうか。「便利に走るとしっぺ返しがくる。結果、ますます不便になっていくように思いますね」。
使い続けることのできる包丁、着続けることのできる服。似ているようで少し違う。「服は破れたり擦り切れたら、そこに当て布を当てることができる。そうして時間が刻まれていく。でも悲しいかな、包丁の刃は減っていくんだよね」と康人さん。「切るってすごく大事なことなんですよ。いただくものの供養でもあるので」と智子さん。瑞々しく汁がこぼれ落ちる果実にも、生命は宿っている。そのことを忘れないよう、康人さんは自分の打った刃に名入れをする代わりに、背に刻みを入れる。
康人さんの造った刃を包むケースには、普通なら捨てられてしまう小さな端切れが使われている。智子さんは端切れだけでなく、短くなった糸も大切にとっておく。次の縫いに再利用し、短かすぎるものは染めや洗いをかける際生地に目印としてくくりつける。私たちの命もまた短い。「糸も布も、何でも使い切りたいんですよ。自分の体も生きている間に100%使い切りたい。だからいつも100%のパフォーマンスができるようにしたいんです」。それが智子さんが食にこだわる理由だという。
1_左から、鍋つかみ インディゴ ¥3,672、鍋つかみ 釦ホール ¥3,780
2_康人さんの包丁は、智子さんの作るケースとセットで。左から、狩猟刀 マキリ ¥30,240、小さな菜切り山桜薬きょ口柄 ¥19,440。
3_「相手のことを知りたいと思って」。結婚した時に、康人さんに教えてもらい智子さんが造ったという包丁で。
4,5_智子さんの実家やご近所さん、県内外の知人からたくさんの食材が届くという。
続くいわきでの暮らし
2001年に地元福島・いわきで出会い、4年後に結婚。2012年に一緒に暮らし始めるまで、一度は東京で学ぶべきという康人さんの勧めで智子さんは拠点を都内に。「2週間以上一緒に生活したことがなかったんですよ」。2011年を境に多くのことが変化した。津波に流された辺りの景色は初めて訪れる場所のようになっていた。ひんやりとした故郷の海に足をつけるのも数年ぶりだ。「僕たちはある意味とても貴重な経験をしているんです」。不確かな未来へ向け、それでも私たちは願わずにいられない。明日もまた今日と同じように、気に入った服を着て、大切な人たちと共に食卓を囲むことのできる日常を。
智子さんはある時から日本刺繍を習っているという。専用の針を使いこなすだけでも高い技術が必要とされる世界。「学びが多いですね。例えば、いつもここだと思った所より少し先を刺した方がうまくいくと気づいたんです。人生でも同じことがいえて。自分の考えより康人さんの方が正しかったり、自分が思っているほどわかっていないんですよね」。かつては知らなかった、日々肌を慈しみ手入れするように、長く付き合うことのできる服があることを。いつかこの一着が誰かの肌に馴染むほど長く愛されるようにと、智子さんは今日も針を刺す。
1_omoto立ち上げ当初、約10年前から使い続けている上っ張り。あちこち継ぎを当て、もとの藍を柿渋で染め直して。「この時はこの模様の布が気に入っていたみたい」。思い出もともに。
2_仕上げミシンは康人さんが。 3_毎年ワークショップも開催している柿渋染め。
プロフィール
福島・いわき市生まれの鈴木智子さん・康人さんによるユニット。2009年より活動開始。智子さんは藍染めや柿渋染めの衣服や布小物を制作、康人さんは研ぎ師兼鍛冶屋、研ぎの講習も行う。
www.nunototetsu.com
出自/nice things. 2019年10月号より
※内容は取材時点のものです。
Photo_Aya Kishimoto(horizont)
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