N organic MAGAZINE
N organic MAGAZINE 12
修復家
河井菜摘さん
鳥取_倉吉市
継ぐ、ものがたり。
漆、直し、との出会い
「もともとは赤い色だったけど、白に塗り替えたんです。でもやっぱり白じゃないなと思って、緑のトタンを貼り付けてもらって。もっと深い緑にすればよかったかな」。パッチワークのような〝3色屋根〟を眺めながら、河井さんは話す。「次はキッチンに手をつけようかと思って」。修復家としての独立と時を同じくして始まった河井さんの鳥取での暮らしはもうすぐ丸3年になる。気になるところを直しながら、ないものは作っての生活。修復家としてのDNAがそうさせるのか、そんな家を直しながらの暮らしを楽しんでいる。
普段は9時半に仕事を始め、だいたい22時まで、ごはんを食べる時間を除き、ほぼずっと仕事場で修復作業に没頭する。河井さんがこの仕事を生業にしようと決めたのは、大学院を修了して3年後、京都にある茶道具の卸会社で古美術の修復に携わったことから。
「大学院を修了後、副手の仕事をしていたんです。当時はまだ作家になりたいと思っていて、でも副手の仕事をしながらだと好奇心を維持しにくかった。家の中でものづくりをしていると、ゴミを生産しているような罪悪感も芽生えるようになって。徐々に、ものを作るのは自分には違うかもしれないと思うようになったんです。卸会社に入ったのはそんな時、アクリル絵の具とか樹脂とか色鉛筆とか、なんでもさわらせてもらえた。共直しのこともそこで初めて知ったし、漆が接着剤として使われることも、直すことで使えるのを実感したのもこの時。それまでは作る目的でしか見ていなかった漆が、操作性が高くて、水にもシンナーにも強くて、しかも天然の素材で、経年変化も見れる。『こんなおもしろい素材だったんだ』って気づいた。修復を仕事にしようとその時に決めました。副産物としてゴミも出さないし、直したら喜んでくれる人がいる。古いものには思い出や情報が詰まっている。自分が直したものが、もう一度物語を続けられるってなんかいい」。
表紙_割れたことを忘れてしまうような美しい継ぎ目。新しい命を吹き込んだかのような、河井さんの手によって、それまでとは違った表情のうつわになる。
1,2_陶磁器、漆器、竹製品、木製品、ガラス、日常的に使われるうつわやグラスから古美術品まで、河井さんはさまざまな技法を使って修復する。「ガラスは陶磁器の継ぎ方とはまた異なる技法で修繕しています。仕上げも金だけでなく、黄色とか緑とか色の漆の提案をしたりしながら」。
3_窓の外に広がるのどかな風景。一日の時間の流れや、季節の移ろいを感じながら過ごせる仕事場。「家を見に来た時、この風景を見て買おうと決めました。使うイメージがしやすかった」。
〝自然〟と〝温もり〟で身の回りを整える
カラスの羽で作ったふし上げやくじらのヒゲを削ったへら、長さや毛量を変えて揃える筆は猫の毛を使用したもの。漆を塗る刷毛の毛は海女さんのものがいいという。「海に入っているからコシがあってしなやかなんです。自然界のものは強い。ザラザラした断面のような痛んでしまうところではナイロン筆を使うこともあるし、用途によってはプラスチックのものも使うけど、自然界のものの方がしなやかでやわらかくて強い」。金を磨いたりなめしてツヤを出すための道具として、鯛の牙をくくりつけたものもある。筆を納めるケースはくぼみを作り、使いやすいように。河井さんの道具は、自然の力と人の手の温もりを感じるものでまとめられている。
リビングやキッチン、教室同様、仕事場もきれいに整頓され、デスク周りは必要なものが見やすく、取りやすいように置かれる。「ものが並んでいるのを見ると落ち着くんです。全て目的があるものだから、用途があって無駄がない。全て代わりのきかないもの。道具を変えると仕上がりも変わってくる。突き詰めると違いがわかる」。埋めるものの配合比、接着の仕方や乾かし方、気づかれないような細部の質に今はこだわる。「また頼んでくれる人がいたら、前より良いものを返したいと思う。質はもっと追求できるから」。
1_毛の長さ、量の違う筆を用途に合わせて使い分ける。漆を塗るようのハケ、くじらベラ、カラスの羽を使用したふし上げ、「自然界のものって芯があって強い。人工のものよりもしなやかで使いやすいです」。
2_金、銀だけでなく、漆にはたくさんの色がある。陶器の色に合わせたり、あえて目立たせたり。絵を描くような楽しみがあるのかも。
うつわが生まれ変わる新しい提案をする
河井さんが修復したうつわや古美術品はこれまでで800点を超える。できる限り修復したことがわからないように仕上げる共直し、その名のとおり金や銀の粉を継ぎ目に装飾する金継ぎと銀継ぎ。赤や青の色のある漆を使う漆継ぎ。河井さんはまず割れや欠けの部分を漆で継いでかたちにする。その雰囲気を見て、そのうつわに合う色、仕上げを考える。「なるべく漆だけで直したいんです。接着剤は劣化するけど、漆は紫外線に強く当てなければ劣化は防げるものだから。口に含むものは、自然の素材で直してあげたいって思う」。
河井さんの手によって修復されたうつわは、傷跡を個性にして、それまでのうつわから生まれ変わる。「修復っていうとただ直す印象があるけど、手の中で見ている世界にはクリエイティブな感覚があるんです。同じ質感を作るか、新たな雰囲気を作るか、〝直すこと〟は決まっているけど、そのなかでできることを探す。その間に私自身変化がある。いい提案をして喜んでくれたらやっぱりうれしい。直したものを渡す時、自分が想像した以上に喜んでくれることが多いんです。渡した瞬間の〝また一緒に付き合っていける喜び〟に立ち会えるのが私の喜び。〝もの〟だけどその人にとってはただの〝もの〟ではないんだなって」。
3_チップのようにできた小さな欠けとそれに付随してできたヒビを“銀継ぎ”したもの。元からそこに描かれてあったかのようなさりげない仕上がり。
4_「これはそのままがいいなと思って」。普段使いしている湯のみ。漆で接着したのみ、そのまま使っている。
5_大学が一緒の児玉みなみさんが当時作ったマグカップ。水彩画のように滲んだ模様を引き立てるように施した“金継ぎ”。
6_口縁にある無数の欠けを同系色のピンクベージュの漆で継いだ“漆継ぎ”。飲み口のヒビや欠けを陶器の風合いに溶け込ませて。
7_模様に特徴のある牧谷窯の割れたうつわを、“呼び継ぎ”と呼ばれる技法で継ぎ合わせたいびつなかたちがかわいいうつわ。継ぎ合わせの部分は漆と土を混ぜ合わせたもの。
修復の仕事の喜び
河井さんは第2・第4の金曜と土曜を京都で、その流れで日曜・月曜を東京で、金継ぎと漆の手仕事を教えている。「ここの雰囲気が大好きだけど、ずっといると文化にもふれたくなる。でも都会に出たら出たで逆に自然が恋しくなる。2週間のルーティンはバランスが取れていて、ちょうどいい」。教えている生徒の数は3カ所で述べ130人になる。30代から年配の方まで、年齢層は幅広い。1回の教室で2時間半、ひとつのうつわを直すのにだいたい5回から8回。
「初めは時間もかかるし、何回もやらないといけないから、いずれ来なくなる人もいるだろうと思っていたんです。でも『日常生活で無心になれることがない』『この時間が楽しい』といってくれる人がいて」。人によっては1回の教室で3個、4個同時に進める人も少なくない。「みんな捨てずに持っているんですよね。改めてうつわって特別なものなんだなあって気づかされました。生活の中で使っていたものだから、みんな思い入れがある」。
「深入りしない程度に」。河井さんは修復の相談を受けると、その人とものとのストーリーを聞くようにしている。「聞いた方が自分も思い入れが強くなるし、実際会って話しを聞いたら、それがその人にとってどれくらい大切なものかがわかる」。古美術の業者さんからの相談ももちろん受けながら、でもやっぱり個人から預かる方がやりがいを感じるとも。
「直した後、また大事にするんだろうなと考えると、やる気が出る。この仕事は自分は携わるけど、手もとには自分で撮った写真しか残らない。それが気にいっています。例えばうつわを10個作って売るとして、1個でも行き場所が見つからずに手もとに残るとしたら、やっぱりなんかさびしい気持ちになる。戻る場所があって、ここにきて、またあるべき場所に帰って行く。そのスタイルがシンプルでいいなって。改めてこの仕事を選んで良かったって思います。みんなが喜んでくれる。それを目的に始めたわけではないけど、その人の大切な思い出に携わったと思うと、幸せな気持ちになれるから」。
1_一昨年の鳥取県中部地震の際に割れた林志保さんによる一輪挿しの花器。自身のものとしては数少ない修復して使っているもの。
2_「お弁当箱が私の日用品」。自宅で食べるごはんもお弁当箱に入れて食べるほどお弁当を愛する河井さん。柴田慶信商店の曲げわっぱや、ジップロックを原型に、麻布を漆で貼り付けて脱型して作ったものなど、約30個所有する。
3_お茶を淹れるポットとして使っているのは日ノ出化学製作所の縷縷オリジナルのSサイズ。湯のみは大学時代から使い続けているもの。
4_生徒さんたちの修復途中の陶磁器がしまわれているフロ。仕事場同様河井さんがDIYで製作。
5_大山や上蒜山にも近い山間にある自宅兼仕事場は山側から吹き下ろす澄んだ空気と山陰らしいのどかな抜けの景色が気持ちのいい一日を作る。
プロフィール
かわい なつみ
京都市立芸術大学で漆工を専攻。卒業後、京都の茶道具の卸会社で古美術品の修復に携わり、修復を生業にすることを決意。 2015年に修復専門家として独立。現在、鳥取、京都、東京を拠点に漆と金継ぎの教室を行うほか、漆作家としても活動。
出自/nice things. 2018年3月号より
※内容は取材時点のものです。
Photo_Daisuke Okabe
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